大阪はホテヘルがメイン

ホテヘルとはホテルヘルスの略。デリヘルと類似の業態で、ホテル使用のデリヘルと
ほとんど変わることがないが、大きな違いは受付所がある点である。風営法では受付所
で女性の写真を見せる行為やお金の受領が認められている。客はまずここで料金を支払
って、決められたホテルに一人でチェックインする。女性は客が待っているホテルに後
からやってくるというシステムである。
二〇〇六年の風営法改正でホテヘルの受付所は、不特定多数の人が出入りする店舗と
みなされ、新規開設は難しくなっている。店舗型と同じ扱いなので営業時間の規制もあ
り、零時以降の営業は禁止されている。

初めての大阪ではずせないのは?

道頓堀、通天閣、新しくなった大阪駅もぜひ見ておきましょう初めてなら道頓堀や新世界など、にれぞ大阪!」なエリアは押さえておきましょう。
よしもとなどお笑いのライブや、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンもおすすめです。
2011年にオープンした新名所・大阪ステーションシティ。

クルーズ船で水都観光はいかが?大阪を水上から観光できるのは、水都ならではの体験。

道頓堀川など市街地を流れる河川を行き来したり、帆船型の観光船で大阪港を遊覧したりとさまざまなスタイルでクルーズを楽しめます。
中には落語家が案内してくれたり、水陸両用バスで川ヘダイブするユニークなものもあります。

横浜と小麦

江戸時代、現在の神奈川県中央部の名産品に「相川小麦」と呼ばれる小麦があった。
この地域には畑が広がり、現在の相模原市・綾瀬市から横浜市西北部にかけての村々では小麦の生産が広く行われていた。
この地域で作られた小麦は、さまざまなルートで湊に集められ全国各地に出荷された。
そうした窓囗のひとつが神奈川湊(神奈川宿に付随した湊)で、この湊から全国各地 しょうゆ  み その醤油や味噌の醸造元に小麦が出荷された。
特に、関東醤油の一大生産地であった野田や銚子には大量の小麦が出荷され、残された記録には現在のキッコーマン醤油の創始者であった茂木家に大量の小麦を送ったことを記したものがある。
また、小麦の生産地にも「相州小麦」に関する多くの記録が残された。
「綾瀬市史」には、綾瀬の農民が馬の背に小麦を積んで神奈川湊まで運んだ記録が紹介され、[藤沢市史]には汪の島の対岸に位置する片瀬湊の船が境川を利用して運ばれた小麦を神奈川湊に送ったことを記した資料が紹介されている。
このように、神奈川湊は小麦の移出地として全国に名を知られていたが、この湊で扱った商品は小麦だけではなかった。
たとえば、明治10年代初頭に神奈川県が作成した統計書には、神奈川湊から年間1000リの小麦と1400b>の塩が移出されたと記されている。
また、約1万ぐの米と5万5000樽の酒が神奈川湊に移入している。
このほかにも、さまざまな物資が神奈川湊で集散したことは間違いなく、この湊は千石船が出入りする大きな湊であった。
横浜開港後、流通の拠点として横浜港(中区)ばかりが注目されるようになるが、神奈川区にも大きな流通の拠点があったことは覚えておきたい。
ちなみに、神奈川湊は江戸時代に入ってから急速に発展した湊であるが、鎌倉時代に現在の金沢区に六浦津と呼ばれる大きな湊があったことも記憶にとどめておきたい。